npo法人「大地」 父母の部屋

卒業生の声

★「石井照夫 中3男 中一男 2名大地卒」

<自然>家の近くにも保育園はあったのですが、大地を見学して自然の美しさに一目ぼれでした。春の芽吹きから始まり冬の白一色の世界まで、一年通しての景色はすばらしいものです。
(まあ田舎だからな・)

<遊び>この頃は、「テレビを見ない生活」と「自然の物ものを使ったおもちゃ作り」を覚えました。おもちゃを買うのではなく自分で工夫し遊び道具を作ります。今でも子供達は自分で作ったりします。セロハ ンテープ・ガムテープ・くぎ・のこぎりなどが必需品です)

<行事> 親参加の行事が沢山あり、子供たちと協力して楽しみました。運動会、ネイチャーゲーム、お祭り・・・。子供の面倒は母親が見るのではなく、おやじも一緒に参加することも教えられた気がします。行事も毎回趣向を凝らしてあり、どちらかというとおやじの楽しみのひとつという感じです。(夕涼み会が一番印象に残ってます)

<キャンプ>幼児キャンプは良いです。特にスキーキャンプはお薦めです。私の子供達は滑れるようになってから上達も早く、今ではアルペンレーサーを目指して練習をしているところまで成長しました。(同期の子供は長野県の指定選手になってます)

『自然の中で体も心も成長することの大切さや人への思いやりを教えてくれるところ・・・そんな大地です。』

★「大塚綾子 小2女」

私達、親子の原点は大地にある事はゆうまでもありません。食事の前のお祈りもずっと大地のお祈りでした。(あしたの国のこども園(幼児部)のお祈りも大地と同じです。大村みきちゃんが伝道師です。)自然の恵み、人の恵みに、日々、接してゆける生活、そして、心も体もその恵みに感謝する、自然に手を合わす姿、ああ〜、何て素晴らしいんだろう。と声にする娘の姿に大地で過ごした、大きな大きな深い深い3年間に感謝しています。そして、いつ帰っても、変わらない先生方の笑顔と愛情、三水の偉大なる自然、他県にない、美しい山々に包まれた、暖かく変わらない環境。娘は大きな愛情と信頼をまた胸に、新しい環境で自信を持って堂々と暮らすことができるのも、大地へ行って良かった。と思っています。これだけの環境と楽しかった大地での生活。

東京に帰った時のギャップは母子ともに言葉にはできぬほど、苦しいものでした。今、ようやく、新しい友達と大地ほどではないですが、自然に恵まれ、大地で培ったパワーが開花しつつあります。もちろん、在園中は、良い事づくめとは、思わない事もありました。大地の生活が当たり前になっていた私、馴れ合い、エゴもでてきたのかもしれません。他の親御さんや、園と、自分の考え方の食違いに苦しんだ事もありました。
そんな中、色々な幼稚園に遊びに行ったり、小学校探しをしていました。 行く先々で、学校側や、親御さんも同じような悩みを抱えていたり、同じようなトラブルがあるんだな。と感じました。その度に同行してくれた主人は、いつも、大地ってすごいよな。とつぶやくのでした。

そして、私もいつも、同じ事を感じていました。
大地で出合った、人、物、環境、全て、こんな大切で素晴らしい物は、
他には、無いじゃないか、と気づかされました。

自分が在園児になりたかったですが、親としても、十二分に楽しめました。
今でも、私の魂の半分以上は長野に浮遊しています。
それくらい、楽しくて幸せでした。
踊ったり、歌ったり、笑ったり、泣いたり、怒ったり、
子供以上にめいいっぱい、はしゃがしてもらえる所でした。
今、縁があって一緒にいるお友達は、大地に事情があってわずかしか
いられませんでしたが、長野を離れて、しばらくは、大地と長野の生活が
恋しかったと言います。ずっといても、ちょっぴりいても、
その魅力にはまってしまうようです。

卒園してもいく度にいつもの顔と、楽しい、愉快な新しい出会いのある大地です。
一生、関わって行きたいし、そうさせてくれる幼稚園なんてきっとどこにも無いと思います。
これからも我が家は、おしかけてゆくと思うので、、
新しい家族も増えます。大地には、通わせてあげれないけれど、
故郷は大地。とゆうことで、できるだけ、遊びに連れていってあげようと思っています。

太陽がつくり、大地が実らせた。ありがとう太陽。ありがとう大地。
(大地のお食事の時のお祈り)
人で言うところの根とは、頭です。
手や足は葉っぱや枝。植物とは反対なのです。
このお祈りは、私に命をくださり、育んでくださってありがとうございます。
とゆう感謝の祈りなのです。
子供達には、祈りと環境が子供達を育んでゆく一番大切な事です。

★「深田明弘 明美 小1女」

「大地のくれた贈りもの」

私達家族は大地が大好きです。あまりに好きなので、卒園した今でも、何かと理由を見つけてはついつい遊びに行ってしまいます。笑。
今年小1になった娘は大地に2年間お世話になりました。

娘は4歳まで東京で暮らしていましたので、土に触れるといっても、せいぜい
公園の砂場の砂にふれるくらいでした。 「子ども時代は豊かな自然の中で思いきり遊んでほしい」
そういう思いから、都会暮らしの中でも心がけて自然の中へと連れて行ってはいましたが、だんだんとその思いは、子どもの成長と共に強くなり、思いきって大地に行かせることを夫婦できめました。移住して、はじめは環境の変化に親子して戸惑うこともありましたが、日々たくましくのびのびと大地の自然の中へ、とけ込んで遊んでいる娘を見て「やっぱり大地へ来てよかったあ。。」と心から思いました。

春は黄緑色の草原に、黄色いタンポポが一面に広がり、園舎までの小道は、りんごの可憐な白い花のアーチになります。
子ども達はみんなしてノビロ掘りに夢中。少し暖かくなるとコゴミやワラビ、三つ葉ぜり、葛の芽、ヨモギなどなどを、かわいい手に一杯に摘んでお土産にしてくれました。スタッフのあゆみさんや、まわりのお母さん達から色々な料理の仕方を教えていただいて、今では親子して、山菜が大好きになりました。

夏には男の子も女の子もみんなクワガタやカブトに夢中。
毎日首から虫かごをぶら下げてスロープをうれしそうに駆け回っていました。大地の子は昆虫や、生き物が大好き。「こわい!」なんてことは誰も言いません。それよりもみんな年長のお兄さん、お姉さん達から教わるのか、虫達のあつかいをよく知っていて、これには大人もビックリです。

秋には大地の豊かな雑木林の中で美しい紫色に色づいたアケビをほおばり、山栗をひろって食べたり栗ご飯にしてもらったり。秋は美味しいものでいっぱいの大地です。山栗を生でかじっている娘をはじめてみて
「生で食べちゃだめよ」と私が注意すると「みんな食べているから平気だよ!」
と言うので、試しに私もひとくち食べてみると
「なんて甘くて美味しいんだろう!」
と驚きました。これも子ども達から教わった自然の恵みと言えるでしょう。

冬にはクロカンや雪遊びが存分にできます。それから薪運びも子ども達の大切な仕事。年長児たちは誇らしげにヘルメットを被り薪を運び、屋根の上の雪下ろしもやります。小さな子ども達はそんな姿を憧れの眼差しで見つめていました。我が家ではそんな子ども達の姿を見て、大地は幼稚園土木課だ!と笑ったものです。雪のスロープでの子ども達の豪快なソリすべりを見ていると、心から「大地の子ども達はいいなあ」と思いました。思い切りよく滑る子ども達。でも不思議と怪我をしません。どうしてかな?と試しに一緒に滑ってみると、これもビックリ。何かにぶつかりそうになると、子ども達は上手に身をかわしてサッとソリから飛び降ります。これは青ちゃんから教わるソリ遊びの第一歩なのです。また着ているスキーウェアに泥がついても、雪の中でゴロゴロして上手にとったり、そうかと思うと雪の上で時々ボーっと大の字になって空を眺めていたり、子ども達は本当に冬の雪遊びが上手です。

大地の子ども達は四季のリズムの中で毎日を過ごしているので、その楽しみ方、遊び方、移ろいを頭ではなく体全体で知っているような気がします。何より子ども達の成り立ちが、自然のリズムとあっているのかもしれません。そういう子どもの成り立ちをちゃーんとわかっていて、メルヘンやファンタジーで色々なことを子ども達に伝える青ちゃんはじめ、スタッフも見事です。

わらべ歌やお話、人形劇などにふれると、今はもう大人になってしまった自分の心の中にある、忘れていた扉が開くようです。小さかった頃、野原で遊んで香った草や花のにおい。花を摘んでは吸った密の味。そんな過去からの贈り物をたくさんたくさん思い出しました。
子どもといるって素敵だな。楽しいな。という気づきを与えてくれる大地。

私達、大人にとってもこんなに素晴らしいところはありません。
ここで過ごした時間は、私達親子にとって一生の贈りものになりました。
大切な幼児期に、この大地からの贈りものを受け取った娘は、どこでも自分らしく生きていけると思います。
大地からの贈りものとは生きる力そのものだと思います。

今、小学生になった娘からは、そんな逞しさを垣間見る毎日です。それに集いあう父母も同じ思いの方々が多く、私達も大切なお友達に、たくさん出会えました。これが私達の大好きな大地です。

★「山田 泰生 小6女 小3男 年長女」

三水村(現飯綱町)への転勤をきっかけに、大地に我が子を通わせることにして以
来、
ミニも含めると足かけ11年目(一番末っ子が現在年長)となりました。我が家は
シュタイナーで選んだのではなく、一に環境、二に園長、三、四も五も経験先行の
楽しさにあったからでしょうか。とかく知識や理論が先行する世の中で、本に書い
てあることがよいように感じてしまいがちです。そこが大地では違う空気があると
感じたんです。

親もいっぱい体験した。親もいっしょに歩いてきた。年少からの飯
縄山登山。毎日裸で泳いだ泥のプール。長靴でゲレンデを歩いたスキーレッスン。
親同士が手仕事を習い合い盛り上がって楽しんだ大地子どもまつり。現場監督気分
で建てた囲炉裏小屋や図書館。探して食べた山菜や木の実。

小6になる娘は今でも森へ行くとはしゃいで遊べます。小3になる息子は雪解けの
頃にはいつのまにかふきのとうを。どっからか蛙や虫を。みつけてきます。そして
二人は薪風呂の火焚き当番もしています。

今通っている末っ子も、二人から森の宝
のありかをしっかり引き継いでいます。そして、母は「語り」や「手仕事」「料理」
の。父は「木工」や「ギター」の楽しみ方を深めました。感謝です。

★「中嶋明子 小5女 小2男 2名大地卒」

私たち家族は、人と人のつながりの中から、大地と出会う事ができました。そうして、通うようになった大地にて、子どもの幼児期という大切な時、出会えたたくさんの皆さんと共に、学び会う場を頂きました。

長女は、初めてのことにはとても不安の強い子どもで、1番長い時間を過ごしてきた母親の私のせいと自分を責める中で、シュタイナーの「子どもが授かっている気質」というとらえ方を知った時は、気持ちが救われました。大ちゃんノートで娘の様子をお知らせし、スタッフの皆さんに見守られて、運動会のスロープのかけっこも、飯綱登山も、年長さんのお泊まりも、一つ一つ乗り越えました。

2年生の長男は、日常生活の中で、大地の事を思い出す会話がまだまだあります。最近では、われもこうやたにしの話をして、通った当時は、聞かなかった話にびっくりすることがあります。姉弟で同じ自然体験をしているので、会話が弾みます。

私たちの周りには、大地を思い出す手作りのものが一つまた一つと増え、今に続いています。不器用な私にとっては、大地に通う日々の中で、刺激を抱え込み過ぎて、悩み落ち込むことが多かったのも事実ですが、この手仕事のものを見ていると、これらを紡ぎ出した時間は、子どもを真ん中にした、かけがえのない確かなものだったと、この出会いに心から感謝しています。